デモンベイン
サイドストーリー
悠久たる孤独は我を蝕む
【1】

 血液が酸素を運ぶように、水銀(アゾート)は魔術を運ぶ。
 鋼鉄の躰に流れる『式』は無数の魔術文字。字祷子(アザトース)は複雑に絡み合い、幾重にも螺旋を描き、星気(アストラル)領域に情報(コード)を刻み、意味を形成し、可識領域を超える。
 魔術の発動、言霊の蛮名化である。
 人智を超えた論理が世界に干渉し、奇跡を具現化するのだ。血の通わぬ冷たい鋼鉄(ハガネ)を熱い刃金(ハガネ)と変えるのだ。
 振り下ろされる鋼鉄の拳。それは単に重量による破壊ではない。それは魔力の込められた一撃。星気領域下、光の速度で(はし)る呪い。魂の根本への攻撃、存在定義の破壊だ。
 爆音に等しい衝突音が大気を震わせた。『必滅』の意味を込められた術式が字祷子を震わせた。
 物質(マテリアル)霊質(アストラル)の双方を吹き飛ばす衝撃に、もはや敵は実体を保てない。群体の統制(レギオン)を失い、崩れゆく肉片を血飛沫のように撒き散らして、苦悶の(こえ)を上げる。
 地に落ちた腐肉に重なる霊体の残像(ゴースト)。だがそれも瘴気に分解され、消滅してゆく。残された実体もゼリー状に溶け、やがて蒸発する。
 敵は崩壊する躰を自ら抱いて、もがき苦しんでいる。その姿はのたうつ巨大な蛇のようでもあり、溶ける蛞蝓(なめくじ)のようでもあり、数万数億匹の(ひる)のようでもあり、また奇怪なことに無垢な乙女のようでもあった。
 それは正気な世界の産物ではない。狂える宇宙の悪夢である。全長二〇〇メートル。崩壊が始まっている今もなお膨張する巨大な肉塊。外宇宙から飛来した悪意の種子。その惑星に棲まう生命と物的霊的に同化し、惑星の総てを自らと同じ存在へと書き換える汚穢(おわい)な侵略者だ。
 動物の獰猛さと植物の征服欲で繁殖する生命を超える生命、何ものも抗えぬ理不尽を、だがたった今叩き伏せ、魔術という猛毒で侵し、避けられぬ滅びの宿(さだ)めをもたらした存在があった。
 全長五十メートル。鋼鉄で鎧われた巨人。神を模して創られたヒト型。
 鉄の意志と刃の冷酷さで生命を刈り取る死神(デウス・エクス・モルテス)。理不尽の権化すら斬って棄てる大理不尽。生命を超える生命を打倒するのは、生命の論理から外れた無機質の破壊者。
 ――鬼械神(デウス・マキナ)アイオーン。
 『永劫』の名を冠する、機械仕掛けの神(デウス・マキナ)
 突き出した拳は砕けている。自ら放った魔術の負荷に耐えられなかったのだ。水銀(アゾート)の血がへし折れた指の隙間から零れ落ち、月光を浴びて綺羅綺羅(きらきら)と煌めく。
 だがアイオーンはダメージを意としない。断罪者の(かお)を鎧ったまま、無様に足掻く敵を見据えている。
 魂の無い双眸は嘲笑(わら)わない。ただ無慈悲な眼光が凍るのみ。

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